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僕の向上心

僕は昔から自分自身に対して絶えず物足りなさを感じて来た。学習能力、運動能力、コミュニケーション能力、芸術的センス・・・。どれをとっても、満足できるものなんてありはしない。別にまったく駄目な訳ではない。勉強が全く駄目な訳ではないし、柔道だって、水泳だって、スノボだって、やればそれなりに出来たりする。英語は下手ではあるけれども、人前で話すのは苦手だったりするけれども、そうは言っても会話が通じないって訳じゃない。展覧会で発表できるような絵は描けないけれども、それなりに美的センスってのはあるつもりだ。

僕だけじゃないってのもわかっている。完璧な人間なんているだろうか?ある分野で飛び抜けて優れた能力を持っている人だって、違う分野には苦手意識を持っていたりするものだ。それに完璧の定義って何だろうか?全てにおいて完璧・・・。そんなの人間が到達できる領域じゃないだろう。

でもそうだと分かっていても、なお自分自身に強く足りなさを感じるのは何故だろう?人と比べているのだろうか?自分より何かに優れている人達と自分自身をを比べて、「俺は駄目だ」って感じているのだろうか?

違う。僕はそこまでバカじゃない。結局は自分自身の可能性と、自分自身の現状とのギャップに悩んでいるのだ。勝負する相手は自分自身だ。自分より何かができる格好いい彼や彼女が相手ではない。勉強してもいい点数が取れない時、必死に練習してきたのに試合で簡単に負けてしまった時、プレゼンで緊張してしまってうまく喋れなかった時、そんな時、自分自身の理想の像(=格好いい自分)と、自分自身の現実(=格好悪い自分)の大きなギャップにイライラしてしまっているのだ。自分自身に負けたと感じているのだ。

中学生の頃や、高校生の頃は特に、僕は本当に自分自身に対して悩んだものだ。何故なら、自分自身に限りなく足りなさを感じていたからだ。でも実は、周りの人にとっては、僕は結構うまくやっているように見えていたのかもしれない。格好良く振る舞っていた僕の事を、実際に「格好いい」って感じていた人もいたかもしれない。でも本人は足りなさを感じて悩んでいた。それは深くて暗い悩みだった。どうすれば格好よくなれるか・・・。どうすれば自分自身の理想の像に近づけるか・・・。

「理想」を持つ事って素晴らしい事だと思う。理想がなければ人は格好よくなれない。理想がなければよりよいモノは生まれてこないのだ。

僕は今も悩み続けている。自分の理想の像と自分の現状が食い違っているからだ。でも・・・

実は最近僕はそんな自分に少し満足している。何時からだろうか、僕を救ってくれる、僕自身の中から沸き立つ何かがある。それは「向上心。」

今よりもっと勉強ができるようになりたいという気持ち。
今よりもっとスポーツができるようになりたいという気持ち。
今よりもっと人に対して優しくなりたいという気持ち。
今よりもっと自分自身に負けないように強くなりたいという気持ち。
今よりもっと魅力的な人間になりたいという気持ち。

そんな風に、絶えず自分をよくしていこうと思っている自分自身に対して、少し満足している。そう、僕は終わったわけじゃない。僕は生きている。僕は動いている。そして僕は理想に溢れている。

明日の僕は今日の僕より素晴らしいはずだ。一ヶ月先の僕は、明日の僕より素晴らしいはずだ。スランプになる事もあるだろうけれど、間違いなく1年先の僕は今日の僕よりも数倍素晴らしいだろう。そう考えていくと、年をとるのが楽しみになる。年をとれば体力面で衰えてしまうだろうけど、じいさんになって死ぬ前の僕は、人間として輝いているだろう。一番僕自身の理想の姿に近づいている事だろう。

確かに現状の僕はまだ弱いけれども、向上心がある限り、僕は負けない。

original 3/20/99
revised 5/23/99

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