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泥棒を追いかけた思い出

アメリカという国では誰もが銃を持っていて、けっして一人では外を歩くことができない・・・」という偏見と共に海を渡って来てから、もうはや二年半近くが経った。しかし実際は、「結構安全やん」ってのが率直な感想である。勿論危ない地域に行けば危ない目にもあうのだろうけれど、僕が住んでいるワシントンDCの北西部は、幸いにして安全そのものである。夜中に外を歩き回っていても、全然へっちゃらだ。ところがアメリカに来て一年目の夏、僕が住んでいる家に泥棒が入った。その時の話を今から書こうと思う。これは忘れられない思い出だ。

ある夏の日の昼頃、僕は家でスパゲッティーをゆでていた。ソースはトマトソースだっただろうか?その時じいさんとばあさんはパナマに旅行中で、他の二人も外出中だった。つまり家には僕一人だった。二階のキッチンで作って、三階の自分の部屋で食べるつもりだった。それで、ゆであがったスパとソースを持って上がったら、何かがおかしいのである。さっきまで流していた音楽が消えているのだ。よく見ると、ポータブルのCDプレーヤー自体がなくなっていた。「あれぇ、おかしいなぁ」って思った。「ブライアンやデービッドは家にいないし、家にいても勝手に人のものを持ちだす二人じゃないし。ということは何?」

部屋に帰って来て、プレーヤーがなくなっているのを知ってからの30秒間、僕は「うーん」とうなっていた。「これはどういうことだ?誰か家にいるのか?誰が?」でも、うなっていても仕方がないので、二階に降りて確認しに行った。すると、誰かが庭に出ようとしている後ろ姿が見えた。「ああっ、泥棒や!」僕はスリッパのまま外に飛び出して、階段を降りて追いかけた。

外にでてみると、約15メートル先に小柄な男が走り去るのが見えた。手にはカバンを持っていた。どっから見ても怪しい男だ。失礼かもしれないが、どっから見ても怪しい人間ってのはいるものだ。走って追いかけながら話しかけた。
 

雄一郎
Can I see your bag? (カバン見ていい?)
 
僕はできるだけ丁寧に話しかけたつもりだ。何故ならまだ奴が犯人かどうかも解からないし、たとえそうだとしても、いきなりカバンを取り返す訳にもいかない。なんせ泥棒にもいろいろな権利がある国だ。それに何より、この怪しげな男が武器を持っていたら、こっちの身が危ない。

追いかけながら、というかすでに追い付いていたので、3メートル後ろを走りながら僕は話し続けた。ちょっと待ってくれとか、カバンの中身を確認したいとかそういう簡単な事だ。そのたびに帰って来る答えは "No!" であった。どうやらこの男はスパニッシュ系で、英語をまともに話せないらしい。どれくらい追いかけただろうか?奴は走り続けるから、こっちも走らなければならなかった。スリッパなので非常に走りにくいけれど、奴が遅いのでなんとか追い付いていた。それにしても、もう5分以上追いかけていた。するとである。奴がポケットの中からカードを取り出してやっと話しかけて来た。
 

怪しい男
Do you want this? (これが欲しいか?)
 
そしてそのカードを思いっきり投げた。僕は犬のようにそれを拾いに行った。するとである。それは僕のクレディットカードであった。僕の中で何かが切れる感じがした。「うおおおぉぉぉっっ!むかつくぅ!!!」最近の中学生じゃないけれど、僕は切れた。今まで丁寧に話しかけていたのが馬鹿らしくなったのだ。

その間男は全力で逃げていた。カードをオトリにして逃げるという作戦だったのだろうか?子供だましもいいところである。切れた僕も全力で追いかけながら叫んだ。
 

雄一郎
Someone, please call police!!! (誰か警察呼んでくださーい!)
 
そこは住宅街だったので、走っているうちに何人か庭にいる人がいたので、その人達に助けを求めたのだった。しばらくするとその内の一人が自転車で追いかけて来てくれて、どうしたのかを聞いてくれた。僕は怪しい男がクレディットカードを盗んだ事と、警察を呼んで欲しいということを伝えて、更に追いかけた。

とうとう奴は攻撃してきた。カバンの中からウイスキーか何かの瓶を取り出して、こっちを見て「うーうー」とうなり出したのだ。「こいつ実は弱いんちゃうん」って思った。僕より背は低いし、なんだか見ていると情けなくなるようなおっちゃんなのだ。酒瓶を持っているところが、更に弱そうに見えた。ところが殴りかけてくるかと思いきや、カバンを捨てて更に逃げ出した。往生際が悪い。僕は「うおおおぉぉぉっ!!!」と言って威嚇しながら追いかけて、奴の腕をとって酒瓶を取り上げて、柔道の小外刈りで仰向けに転がしてやったのだった。(拍手!)

しばらくすると近所の人がやって来て、警察も来て、そして奴は泣き出した。なんだか本当に情けない男である。見ていると、こっちが「ごめんね」って言いたくなるほど、憐れな姿であった。しかし結局こいつ、CDプレーヤーとかカードの他に、僕の現金、ブライアンの服、ばあさんのネックレス、じいさんの時計などなど、色々カバンにつめていたのであった。

  

1/24/99

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